せーろくさんやハルパパさんの遠征ブログを指をくわえて見ているのも不健全なので、自分も日本海側へ退役間近の485系国鉄色「北越」を撮りに行ってきました。
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昭和50年代以前、親方日の丸と揶揄されながらも、血税で日本全国津々浦々に張り巡らされた鉄の路。一億総中流時代の旅行と言えば国鉄に乗って出かけるのが唯一の選択肢。本当に国鉄、そしてその車両達が輝いていた時代でした。
そんな国鉄時代に羨望のまなざしを浴びていた、あの車両達も既に30年近い月日が経ち、次第に姿を消していっています。退役間近に群がる葬式鉄などと言われようが、自らの目、カメラのセンサーに最後の勇姿を焼き付けなくて何が撮り鉄かっ!
国鉄色特急とは言え、現役当時の長大な編成を知る方から見れば、6両ポッチのショボイ末路かもしれません。でも今まで残っていてくれただけで感謝であります。
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相変わらずの御託が長いのスタート
さて対象の485系は新潟車両センターに17編成もの勢力を誇っているが、今回の遠征で目標となる国鉄色を残す(国鉄色への再塗り直し)のは3本の編成のみ。編成番号ではK1、K2、T18となる。
これらの編成が充当される特急列車は主に、新潟ー秋田間の「いなほ」、新潟ー金沢間の「北越」その他にもっと短い区間で快速列車として運行されるケースもある。
国鉄色の編成がその日、どの列車として運行され、どこをいつ通るかは、485系掲示板に掲載た前日に充当された列車番号から推測できるため、日頃のチェックは欠かせない。基本的には運用のローテーションは決まっており、故障などがなければ前夜金沢へ着いた編成はそのまま朝の新潟行きとなるのは鉄板と呼べる。夜新潟に着いたやつは極たまに新潟車両センターがある関係で朝には入れ替わったすることもあるので怖い。線路際で変な色の485系に出くわしたくなければ金沢を中心に網を張る。
このローテーション運用表は公開とまで行かないが、有志が作成したPDFが公開されている。ただ注意しなければいけないのは毎年のダイヤ改正で変更になっているので2012/3改正後の運用表を入手しなければいけない。
夜K1編成が北越10号で21:54に金沢へ着いたとの書き込み。これがA606運用に相当し、それは明日A607運用として新潟と金沢を往復することを意味する。
ほぼ明日の「北越3号」と「北越8号」へK1編成が充当されるのが確実となったため、明日の天気をニラミつつ、曇りであれば決行と、充電を済ませた愛機をカメラバックへ押し込み、枕元の「お立ち台通信」などを参考に撮影ポイントの絞り込みに入った。
この瞬間が一番テンションが高いのはご推察の通りである。もうこれだけでご飯一杯食えます。
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最初の撮影12:30頃柏崎近辺、300kmオーバーの距離は所要時間4時間近い。朝8時前に外環道を経由して関越道を一路北へ向かい、途中でたばこや食料を補給しつつ前夜の雪が残る路をひた走る。
初めての場所ゆえ車を置く場所、同業者との鉢合わせなど考えると胃がきりきりするような感覚を覚えるが、まあ、有名撮影地は得てして車の1台や2台は止められるロケーションであることも多いので楽観的に考えて到着、平日だから同業者なんているわけ無い。
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同業者が居ないのでイヌの散歩をされるご婦人と会話しつつ、北越3号を待つ。

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信越本線とは言え、東京から接続した特急はこの経路は通らないため1時間に2本くらいしか列車が通らない。ついにおばさんもしびれをきらしてイヌ様と去っていた。日本海の波を眺めつつ待つこと30分、ついに直線の奥に明かりが見えた。「来た!」

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「おろろーなんでよー」EF81の日本海縦貫貨物も好きだが、今のタイミングじゃないでしょ!
撮り鉄を始めるきっかけとなった「NHK趣味悠々」番組内でも当時のボンネット能登を早朝の線路際で捉えようとするシーンがあったが、テレビロケにもかかわらず鉄道写真界の大御所も同じようにEF81牽引の貨物に被られていたのが思い出された。これは初心に帰れというお達しなのかも。まあ会社さぼった天罰ですな。
ああ、無情300kmの移動はなんだったのか。。。

デモドリや如何に!続きはCMの後。トホホ
遠征、お疲れ様でした。
正に「あ、う〜」な状況ですね。編成に被らなくてもハシッコに写ってしまいそうな感じが・・・
あ、う〜!
CMの後に期待!
予想として
1.485系がまさかの徐行運転でうまく被らずに撮影出来た。
2.ここはもう諦めてダッシュで先回りして次の撮影ポイントに。
3.もう諦めてすれ違う瞬間を撮影。
どれかな〜。
>ハルパパさん
>tatsuroさん
鋭い!正解は次にあります。