幌延から音威子府へ向かう、なんの変哲もない直線で、突然右へ滑りながら反対車線へはみ出し、更に右へ行こうとする力に、ゆっくりとアクセルを戻しつつ、ジワリと左への当て舵で抵抗する。
ゆるやかにグリップを回復し、左へ向かう前輪と慣性に従い右へ向かう後輪に意識を集中し、さらに慎重に右への修正舵を与え、左スピンとお釣りのもらいすぎ右スピンのイメージに慄きながらも、ブレーキを踏もうとする右足を我慢しアクセルとステアリングの調整に専念する。
右、左と2回お尻を振ったところでなんとか制御を取り戻す。脇に嫌な汗をかく。

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雪道の運転は慣れている気でいたが、-20度を下回る極北の地では道南や本州での雪道経験は役に立たないこともある。
下画像の通りアスファルトに粉雪が舞う道道 兼 国道、隣の車線をみると薄い氷がところどころに張り付いている。
この薄い氷に乗ったタイヤは、ピンボールのように車の向きを突然変えてしまう。
完全な轍が形成されていれば、思いのほか危なくないのだが、轍というほどの連続した溝も無く氷の形次第で右へ左へと小刻みに滑るのである。
40km/hで走っていれば問題にはならないが、基本的には直線はその倍以上の速度で流れている。

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なんでこんなところを80km/hで走っているかと言えば、年明けの1/6に世界一アレナを作る巨匠より、上り北斗星へのお誘いがあった。同乗者が業務都合で乗れなくなったの由、穴を埋めてほしいとのこと。
該当の北斗星は17日札幌発、上野到着は私の誕生日である。なんという偶然。座席の確認もせず了解し、北海道の地に残る最後の課題へアタックする機会を得たことに喜びを隠せない。
北海道の課題とは、、、
DD51重連の寝台特急

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DD51プッシュプルの石北貨物

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そして残るは最後の、宗谷線ラッセルである。
17日の17:12までに札幌駅に到着という条件で撮影計画を練る。
基本的には北の稚内から南へ向かって朝から夕方まで毎日走っているので捕まえるのは簡単である。途中で交換停止など長時間の停車もあり、最低でも3回は撮影できる。
マッハの速度で計画完成。iPhoneのMapに通過時刻を共にブックマークした。

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同僚には申し訳無いが、木曜、金曜と休暇をいただき木曜のお昼に旭川空港へ降り立った。
天候は想定通りの薄曇り、雪は少なめ。

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13時にはレンタカーを借り、北へ向かってラッセルを迎撃。
道は容易にして間に合いそうであったが、iPhoneのヘボマップを頼りにしたのが間違えで、目標地点まで到達できなかった。
とりあえずは、駆けつけ一杯。雪がすくなくて回送状態で通過していった。良し!明日はがんばろう。

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途中のホームセンターで新雪に埋まらないための「かんじき」を入手して、

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本来の目的地「東恵橋」を確認しに行くが、、、iPhoneMapに案内されたこの道は突如除雪が終了しており通行止。もう少し気づくのが遅れたら山に突っ込んでいた。危なかった。少し轍を外れただけでスタックの危険がありUターンせずにバックのまま戻る。轍を外れた時に駆動輪が雪に浮く感触は恐ろしい。こんな道は誰も通らないしスタックしたら今後の予定がパーだ。

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東恵橋を確認した後は、ひたすら幌延に向かって北上する。

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そして幌延のビジネス旅館へ着いた。

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幌延は宗谷本線最北の稚内と音威子府の中間に位置する駅で、
昔は羽幌線の終着駅でもあった、昔の倉庫に北のターミナル駅の面影が残る。

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駅前の寿司屋で日本酒を2合ほど呑み、1400kmの移動の疲労から9時には就寝。
長くなったので続く